2007年10月28日

ゆとり教育とモンスターペアレント

中央教育審議会がまとめた中間報告には、現行の指導要領による「ゆとり教育」が行き詰まった原因を分析し、「授業時間を減らしすぎた」などの反省点を挙げたそうです。

確かに、ゆとり教育は、社会性に欠しい若者を増やしてしまった。

ゆとり教育は、間違いだったんだろうか?

結果を見れば、間違っていたと言わざるを得ないと思う。


社会性に欠ける若者を、社会に送り出す。

苦しみもがくのは、明白だった。

ある意味、惨いことだ。


しかし、間違っていたのは、ゆとり教育というネーミングじゃないか。

「ゆとり」という言葉を重要視しすぎて、甘い教育にしてしまった。


しかし昔の、知識を詰め込むだけの「詰め込み教育」が正しいとも思えないんですよ。

テストでいい点数を取れるけど、社会性・応用力という点では正しかったとは言えない。

詰め込み教育世代の若者もまた、マニュアル化された作業は上手にこなすが、ケースバイケースの対応が求められた場合は、どうだろう?

オッサンが、昔経営者だった頃、

「何で出来ないんだ」

「習っていません」

って会話が、上司と部下の間で交わされていた。

上司は、対応しきれずにその上司に相談する。

その上司は、

「なんでそれくらいの教育が出来ないんだ」

相談したほうは、

「教育の仕方を習っていません」

延々と不毛な連鎖が繰り返される。


誰かが、臨機応変に対応すれば、不毛な連鎖は止められるのに・・・。


詰め込み教育世代は、基本的にこんな感じだった。

ゆとり教育とは、詰め込むだけの教育から、本当に学びたい事を学べる教育に変換しようという教育改革だったはずだ。

時間的な余裕をつくり、家族のあり方や社会のあり方を学び、本当に学びたい事を学べるようにするのが目的だったんじゃないのか?

余裕の時間を作るだけで、出来た時間をどう活用するのか指導できなかった現場の責任だと思うんですよ。

子ども達が、ゆとりの時間を利用して、何を学べばよかったのか?

ある程度、明確な指針を示してやる必要があったんじゃないのか?

当初の目的どおり、ゆとり教育で出来た時間を「生きる力」を身に付ける授業に当てていたら、違った結果になったと思うのです。

単純に、授業時間を減らしただけの、「ゆとり教育」では良い結果が得られないのは、最初からわかっていたはずだ。

また、基礎学力や学習意欲の個人差は、ゆとり教育の目的ではなかったんだから低下するだろう。


中央教育審議会は、今回の反省をどう活かすのだろう。

また、むかしの詰め込み教育に戻すのか、それとも「ゆとり教育」の本来の意味を重視して、ネーミングおよび教育方法を改善する形で改革するのか?


基礎学力は、生きる為に必要な力なんだから、低下させてはイカンだろうが・・・


子ども達を、どう育てるべきなのか?

明確な目標を掲げて、検討しないと同じ結果になるだろう。

勉強の出来る子を、沢山育てたいのなら、詰め込み教育でもいいだろうし、生きるための力を持った子どもを育てたいのなら、従来の教育方法ではイカンだろう。

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posted by たばこ屋のオッサン(隊長) at 14:24 | 素人の教育論
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